メイドとオンナノコと誕生日と  佐野崎みつる様

「せっんせーっ!! 誕生日おめでとだってばよーっっっ」
 どっかん。
「…………ええと。一体オマエ、ナニ」
 飛びついてきた布の塊をどうにかこうにか支え、カカシは唯一見える片眉を顰めた。


『メイドとオンナノコと誕生日と』

「似合わないってば?」
 きょとんと首を傾げる金色の髪の少女は頭の上の方でその長い髪を二つに括っていて、傾げる動きと共にゆるりとそれが弧を描いて流れる。いつもと同じ位置から見上げる空色の瞳は、不安げに揺れていた。
「いや、似合う似合わないじゃなくてね」
 ちなみに、上忍待機所から足を踏み出して、さして距離は稼いでいない。まだ、棟内からも出ていないほどだ。
「オレ、可愛くナイ?」
 中の無駄に豪奢なレースのせいかその細い身体には似つかわしくないほどのボリュームのある、膝丈ほどのスカートをくるりと翻し、少女はその場でピルエットの如く爪先を視点に一回りして。再び見上げてそう、尋ねる。
「……それが噂の『おいろけの術』?」
「うんっ」
 全開でにっこり微笑われて、カカシは思わず苦笑いを浮かべた。
「でもいつものおいろけの術より、おとなしーんだってばよ。ホラせんせー、いつもエロ仙人の本読んでっからさ、いつものボンッキュッボンッのが絶対にイイっつったんだけど。年そーおーにしなさいって、サクラちゃんに怒られたから。サクラちゃんとかいのとかヒナタとか参考にしてみた」
 そう。
 この金色の髪の少女は、何を隠そう木ノ葉一のドタバタ忍者、意外性No.1のうずまきナルトである。
「ところでこの服は、一体どこの何を参考にしたの……」
 ひらひらごてごて。
 思わずカカシがそう称してしまうくらいには、レースやらフリルやら一杯の服。
「これは変化じゃないってばよ? ちゃんと着てるってば」
「え」
 大体変化というものはは服ごとの方が多いから、ナルトのコレもそうだと思っていたのだが。
 そういえばこのコドモ得意の『おいろけの術』とやらは女性の裸体だと、確か今は亡き三代目が言っていたっけ……と遠い目をしてしまう。
「プロデュースはダレよ」
「ぷろ……?」
 いやだから。その首傾げるポーズは超絶に可愛いが。本来の性別は男だから。
 いや、多分変化せずにコレを着ても、恐らく違和感はないんじゃないかと思われるが。
 いやいやいや。
「えーと、その服一式を揃えて、変化して着ていけと言ったのはだぁれ?」
「あ、んとねぇ。誕生日だって教えてくれたのはガイ先生。んで、どーしよっかなーて思ってたトキに通りかかって、話を聞いてくれたのが綱手のばーちゃん。面白いことがあるからってサクラちゃんに呼ばれて行ったら、シズネのねーちゃんとアンコ先生と紅先生が、この服やらなんやら色々手に待ち構えてた」
 木ノ葉のくノ一は、集団になると怖い。いや、単品でも選り取りみどり揃ってどれも怖い。
 くノ一と言うより女性の集団というものが、基本的に恐ろしいものなのかも知れないが。
 しかし何も、こんな子に、しかも変化でも今は年相応の外見のこの子に、メイド服はないデショ……。カカシは思わず額を押さえた。……とはいっても、その指先は額当てに邪魔されたが。
「んとんと……あ、そだ。せんせーせんせー」
 くいくい。
 何かを考え込んでいたらしいナルトが、カカシのベストを引き。
 にこぉっとそれはもう、コレ以上なく嬉しいと言わんぱかりの笑顔で、カカシを見上げ。
「えっと、『ご奉仕させてください、御主人様』♪」
 ぱりーん。どごぐしゃべきばり。
 カカシと、カカシの背後で。
 カカシがふらついて腕を突き、その手が見事な掌底だったが為に呆気なく窓ガラスを割り砕いたのを皮切りに。
 廊下を踏み抜く者、壁に衝突する者、近くで花の飾ってあった花瓶を割る者、ドアを拍子で外してしまう者などなどが何故だか図ったかのように続出していた。

 ――――誰だ、こんなことしてこいと教えた奴はぁっ!!
 ナルトにコレを仕込んだのは、綱手を筆頭とする火影上忍特別上忍下忍入り乱れてのくノ一軍団である。下手にそんな台詞が耳に入ろうものなら、様々な方法で納得(説得では決してない)させられるに違いない。こういうときの女の集団は、とことん恐ろしいものだと言うことは皆、身に染みている。
 心の中では皆叫んでいたが、それを口にすることなど出来はしなかった。

「か、カカシせんせぇっ、手!! 手っ」
 一応グローブと手甲で保護されているのでカカシの腕は大した被害にならなかった(しかし窓ガラスは大損害である)が、やはりガラスが割れたとなれば、その断面は鋭利なわけで。剥き出しの指先やアンダーとグローブの僅かな腕の皮膚に、多少なりの緋を伴わせた傷を作っていた。
「あー……ダイジョーブダイジョーブ。このくらいなら舐めとけば治る……」
「じゃあオレが舐めるってばっ」
 ――舐めておけば、と言うのは所謂揶揄表現で。それには放っておいてもいいくらい大したことはないよ、と言う意味も込められていた筈なのだけれど。
 ぺろりと小さな赤い舌が意外にも扇情的にカカシの指を伝い、そのちくちくとささやかに痛む傷を舐め上げる。その仕草に感触に、どくりとした覚えのある何かが湧き上がってくるのを感じたカカシは唖然として……ばっと、ナルトの小さな白い手に包まれたその手を、勢い振り払った。
 ぺちん。
「え」
「あ」
 その振り払った手は、軽くではあったけれど指の傷を舐めていて極近い場所にあったナルトの頬を叩き。
 カカシとナルト、お互いに驚いて。どうしたらいいものかと言った表情で一瞬見詰め合って。
「……え、えへへへへ」
 ナルトが、微笑った。でもそれは、先程までの全開の笑顔ではなく。
「ごめん。そーだよな、可愛くもないのに可愛いかなんて訊かれても困るってばよ、オレ迷惑だったってば。せっかくせんせーの誕生日だって聞いたから、何かしたかったんだけど……オレのやることって、やっぱどっか空回りなんだってば。変化解いて、シズネのねーちゃんたちにこの服、返してくるってば」
 もう一度、ごめんと呟く。
 くるり。
 踵を返し、火影執務室へまっしぐらに向かおうと、慣れないエナメルのストラップシューズで駆け出そうとして。
 踏み出した足が、空を切り。
 ふぅわりと、宙に浮いた。
「……せんせ?」
 すとんと収まるのは、カカシの腕の中。
 オトナの片腕で軽々と抱き上げられたのだと気付いたのは、目の前のカカシの顔を見てからだ。
「ごめーんね。痛かった?」
 赤くさえなっていない特徴的な痣の浮かぶ頬をそっと撫でる。唯一表情を見せる右瞳の夜の空の深い深い藍が、心配そうな色を乗せた。
「痛く、ナイ。だい、じょー、ぶ、だって、ば」
 かあああああっ。
 今度は叩かれたのとはまた違う理由で、ナルトはその表情を真っ赤に染める。
「ま、せっかくの誕生日プレゼントだ。存分に見せびらかすとしようかねぇ」
「え……?」
 訳が判らない、と言いたげな表情で、ナルトはやっぱり首を傾げた。
「ナルト、それクセ?」
 くくく、とカカシが口布の下で小さく微笑い声を立てる。
「何がだってば?」
 やっぱり首を傾げるのに、ナルトは自分で気付いていない。
「ま、意識してたらそんな始終やらないか」
「だから、何」
「こう、何か訊くときにちょいと首を傾げるの。カワイイけどね、あんまりいろんな奴にやるなよ?」
「何で?」
「可愛いからねぇ。しかも変化で、今、オンナノコでしょ。色々とアブない目にあっても知らないよ」
「危ないって、何が?」
 いつもの『おいろけの術』は裸体で出てくるというのだから、恐らく色気も素気もないんだろうなーと、実はカカシは思っている。健康的な美少女、と言う点ではそれなりにそそられるのかも知れないが、それは余り女性の裸体に縁のない純情な大人だとか同じ年頃の「女なんて」などと恰好つけたがる男の子だとかがひっくり返る程度の者だろう。まあ、普通真っ裸で出てくればその辺りの人には確かに刺激が強いだろうが。……意外と三代目も引っかかったって言うしな、と思い返す。
「ま、それは追々教えてあげる。今日はせっかくだし、このままデートしよデート」
「デートぉっ!?」
 さっきまでの泣きそうな表情が、一変してその大きな目を更に丸くする。
「うん、デート。せっかく可愛いから、連れ歩きたいんだけど、駄目?」
「連れ歩く?」
「一緒に里の中散歩したり、ケーキ食べたり。何なら可愛い服買ってあげるけど?」
「女物ならいらねぇってばよ」
 オレ男だってこと、忘れてねぇ?
 少し拗ねて唇を尖らせたナルトに、カカシは楽しげにくつくつと微笑う。
「今はオンナノコでしょ。変化どれくらい保つの」
「うーんと、ばーちゃんがくれた特別製の兵糧丸っての飲んだから、丸一日くらい大丈夫だろって言ってた」
「OK、なら問題なし。まあ、服はともかく、デートは嫌?」
「せんせがそうしたいならいいってばよ? オレってば、誕生日プレゼントの代わりに何かしたいって思っただけだもん」
 その気持ちが可愛いと、思う。
 例え中身が男の子だとしても、まあ、特に里でタブーなわけじゃなし。
「おーし、んじゃ最初にドコ行こうかー」
「甘味処っ」
「この服で和風甘味処は違和感デショ……うーん、どっか良いケーキ屋さんでもないかねぇ」
「あ、この間サクラちゃんに教えてもらった店があるってばよ」
「じゃあそこ行ってみよー」
「おーっ」
 二人とも。傷のことなど既に綺麗に忘れていた。


 コレ全て、カカシがメイド服と言うかゴスロリ服というかそんな服を着たツインテールのオンナノコナルトを抱えたままの、会話で。場所は上忍待機所から出てすぐで、目の前のガラスは綺麗に粉々。それを砕いた筈の犯人は少女を連れて里に繰り出し。
 カカシの背後で色々な巨体な音を立てまくった人々は、さすがに一瞬トリップした意識を取り戻して。目の前で見た「はたけカカシ、少女買春疑惑」などと言うものを流しまくり。
 それを耳にした、火影執務室へ集合していた今回のネタ発起人のくノ一たちは、腹を抱えて笑い転げていたという。




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2004/9/15 かかたんなるたんに発表された作品です


佐野崎さんからクリスマスプレゼントがキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
いや、たまたまクリスマスだっただけなんですが(笑)
うほう! こんなメイドほしいぜ。
カカシロリコン疑惑へとも思わないんでしょうね。途中で術が解けちゃっても平気でデートしてそうですvv
素敵小説、ありがとうございましたvv
なんとこの続きが読めちゃうんですよ。今年のかかたんなるたん(PRAIVATE GOLD様にて展示中。当方のLINKから行って下さい)で読めちゃうんですよv

おにはち