ほんのりね。

「なるちゃーん。お母さんに会いに行こうか」
「え?!」
 四代目の言葉にカカシは驚いた。見ればナルトを高い高いと放り投げる寸前で慌てて取り上げる。
 それが面白かったのかナルトはふやふやと笑っていた。
「ナルトも俺と一緒で天涯孤独かと思っていたのに……」
「もしもしカカシくん?」
 四代目は仕切りと自分を指差していた。




「そういえば、俺、先生の奥さんあったことない」
「あーそうか。そういえばそうだね」
 ベビースリングをかけながら四代目がカカシからナルトを受け取る。
 噂では四代目の奥方は暴れん坊の異名を持っていて女性でありながらナンバー2だったらしい。
「俺が火影就任するまで、暗部にいたしね。結婚式は俺達と三代目だけだったし。あーミコトさんにめっちゃ怒られたな。あの時は」
 包まれたナルトは眠いのか少しむずがった。
 話が脱線しそうな雰囲気に「それで?」とカカシが合いの手をいれる。
「妊娠したからすぐ隔離されちゃったし、奥さんがいない時はカカシがいてカカシがいない時は奥さんがいなかったよね」
 差し入れらしい風呂敷も持とうとしたので、カカシがそれを受け取る。
「で、九尾前に即入院しちゃったから」
「タイミング合わなかったんですね」
 カカシが四代目の家に引き取られたのはサクモが自害してからだから9歳の時だが、5年もそんな派手な人に会わなかったのかと思うとタイミングが物凄く悪かったのだなと思わずにはいられない。戦争もあったし、九尾の事もあったからかなとカカシは風呂敷を抱えなおした。
「名前もしりませんよ」
 四代目の奥さんとしか言った事がない。以前ちらりと尊の口から「なーちゃん」というあだ名が出たが、「な何某」という名前なのだろう。
「あれ? 言わなかった? うずまきナルトって言うのよ。俺の奥さん」
 カカシはぽかんとして四代目を見た。
「言わなかったっけ?」
「聞いてませんよ!」
「あれ? 人柱力ってのも言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ!」
 カカシはそれで納得がいった。結婚式が三人だけというのは火影なのにおかしいと思ったのだ。
 人柱力なら今まで会えなかったのも納得できる。
 人柱力は里の力を維持するために作られた存在。その存在は極秘。一切口にする事を許さずだからだ。
「暗部やっていたのですか?」
「んー人柱力になるまでね。奥さん優秀なのよ。優秀すぎるから自分から人柱力になっちゃったんだけど。でもね、成長してから九尾を封印したから不安定でね。結局ナルちゃんに封印するしかなかったんだよね」
 胸元で眠っているナルトを見ると四代目は優しく笑って頬をつついた。くすぐったいのかもぞもぞと小さな手で頬をなでる。
「でもさ、一回封印解けちゃったじゃない? その時力もってかれちゃったみたいでさ、弱くなっちゃった」
「すいません、俺、いままで先生の事ちゃらんぽらんなおやじだと思ってました」
 そう口では茶化した。そうしないと涙がこぼれそうだった。
 戦争が終わって一年足らずで九尾事件である。のんびり二人きりで過ごした事など無いだろう。
「ちゃらんぽらんな親父、いいじゃない」
 不思議そうにカカシに聞く。どうやらちゃらんぽらんと呼ばれるのが本望らしい。わからなくもない。火影がのんびりしてるという事は里がそれだけ平和だという事だ。
「そういえば奥さんとの出会いとかも言った事ある?」
 のろけられそうな予感がしたので、カカシが断ろうとするが、その前に話し出した。
「ぶん殴られたんだよね。アカデミーで。見事な右フックだったなー」
「何しでかしたんですか?」
「人聞き悪いなあ。ただ女の子に親切にしてただけだよ」
「ある意味差別ですよね」
「そう。組み手で手を抜いたって、組み手の授業終わったら廊下でガツンだよ」
 それから結婚までを滔々と話すのでカカシは適当に相槌を打って右から左へと話を聞き流していた。
 薬品臭い廊下を抜けて別棟に向かう。別棟で特別病棟に入るために、IDカードを受け取り胸につける。
「無くすと何処にもいけないから無くさないようにね」
 ナルトにまでIDカードがつけられている。
「厳重ですね」
「まあ、VIPとか重罪の犯人とか入院してるからね」
「一緒なのですか」
「皆、生きてるんだよ。生きる権利はあるよ。ただ、外部からの攻撃にさらされやすいとか、逃亡の恐れがあるから特別病棟に入れられてるだけ」
 そうかわらないんだな。カカシは頷いた。
「あ、ここだよ」
 行き過ぎようとするカカシの腕を掴む。
 胸元のIDカードをかざすと電子音がしてドアの鍵が外れる音がした。
「誰?」
 少々高い声が聞こえる。
「俺だよ。今日はなるちゃんとカカシを連れてきたよ」
 ついたてがあって、病室内は見えないようになっている。
 ついたてを回ってカカシは驚いた。顔の三本痣は無いものの成長したらこんな顔だろうなという姿だった。
「ナルー! きたかー!」
 両手を差し出すとベビースリングから四代目が取り上げて渡す。ぎゅっと抱きしめるとナルトが目を覚ましたゆっくりと母親を見る。
「カカシくん初めまして。噂はこの人から聞いてるってばよ」
 独特の話し方をする人だなとカカシは「はあ」と返事をして型どおりの挨拶をして、頭をぺこりと下げた。
「おっきくなったね!」
「え?」
「ああ、私、暗部だったから判らないか。お面つけてたしね。良くサクモさんと任務してたんだってばよ」
 と悪戯っぽく笑う。
「父と」
 きゅっとカカシの胸が痛む。
「あ、こら、ナル!」
 いきなり四代目の声がして顔を上げると、ナルトがもそもそと小さい手で母親の胸を探ってる。
「ナルト!」
 カカシが慌ててナルトを引き離そうとすると、ふやっとナルトの顔がゆがんで泣き出した。
「いいんだってばよ。カカシ。ナル、おいで」
 両手を差し出すのでナルトを渡すと、寝巻きの襟元をくつろげて乳を吸わせる。
 慌ててカカシは両手で目を隠した。
 既婚女性とはいえ女性の胸を見るのは初めてでとても恥ずかしく、また、女性の胸を見るのを失礼だと思ったからだが、ちらりと見てしまい真っ赤になる。
「あはは気にしないでいいってばよ」
「そうそう、この人胸無いんだから」
「……そこになおれ」
 うずまきナルトが片手で気を練っている。螺旋丸とはちょっと違うようだ。
「うわ、もう覚えたの」
「問答無用!」
「病室、病室ですから!!」
 慌ててカカシが止めに入る。
 カカシが止めに入ったので大事には至らなかったが、彼女の胸をばっちり見てしまい赤面してしまう。
「凄いな。ナル」
 騒ぎにも動じずにナルトは一生懸命乳を吸っている。
「大物になるぞー」
 時々四代目と喧嘩らしい事をしてその日の面会は終わろうとしていた。
「じゃあ、そろそろ帰るね。また来るよ」
「もう、そんな時間だってば?」
 と窓の外を見れば確かに日は傾いている。
「早いってばよ」
 がっかりしたようにため息をつく。カカシがベビースリングを付けて四代目からナルトを受け取ろうとすると、「まって」と声がかかる。
「最後にもう一回だけ抱っこさせて」
 切なげに瞳が揺れて両手が差し出される。
「はい」
 ナルトを受け取るとぎゅっと抱きしめてその頬に顔をつけた。
「……後何回、抱っこできるのかな」
 小さな声でぼそりと呟くのをカカシは聞き逃さなかった。
「あ、そうだ。忘れてた。カカシ、すぐ済むから先出てて」
「はい」
 ナルトを受け取ってスリングに包む。最後に挨拶でもしようかと振り返ると四代目と奥方のキスシーンが目に入って慌ててドアを開けた。
 完全に外に出たの確かめてからしろよ!
 カカシは赤面しながら後ろ手にドアを閉める。
「お待たせ」
「先生、口紅ついてるよ」
「え?!」
 つい意地悪を言ってみると、慌てて唇をこする。はっと妻が化粧をしてなかった事に気がつくとカカシを見た。
「ちゃんと出たかどうか確認してくださいよ」
 にっこりと微笑んで同意を求めるようにカカシはナルトに声をかける。
 一本とられたとばかりに四代目は笑った。

 それから四回、ナルトはナルトを抱きしめた。

「先生、元気だしなよ」
 縁側でぼんやりと青空を見上げていた四代目の隣に腰を下ろす。
「うん」
 妻が死んでから一ヶ月たっているのに時々こうやってぼんやりしている。しょうがないのだが、カカシは早く元気になってもらいたくて仕方が無かった。
 膝に抱いていたナルトを渡す。
「俺もナルトもいるじゃないですか」
 そういって、元気づけるようにぽんぽんと背中を叩く。
「うん」
 四代目は手を伸ばしてくる小さなナルトの手を頬に受けて少しだけ泣いた。
 カカシはしばらく背中を叩いていた。
Copyright 2006 028 All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-