入道雲

入道雲

 買い物籠とベビースリングのナルトを抱えなおした瞬間、飛び込んできた鮮やかな色合にカカシは急いでいた足を止めた。
 ツツジ、アジサイを筆頭に様々な花が咲き乱れている。
「ほら、ナルト綺麗だね」
 スリングの中のナルトに見せると小さな手を伸ばして花を掴もうとする。思わずカカシは笑んだ。何にでも興味を示す時期らしく手を伸ばして確かめようとする。ほうって置くと口に入れようとするので目が離せない。
「今度の休み、散歩しようか」
 わかっているのかわかっていないのか、ナルトはへにゃりと顔を崩した。
 ナルトを抱えなおしてスーパーに足を向ける。
 わりと暇な日が続いて、ひょっとしたら四代目もカカシと一緒の休みが取れるかもしれない。休みが取れたらツツジが有名な公園に皆で弁当持参で出かけるのもいい。少し大きめの東屋があったから雨が降っても大丈夫だ。

「しかしまあ、何だの。カカシのおさんどん姿が板についてきたの」
 大きな身体を来客用のソファーに沈め、自来也が四代目をちらりと見た。入った時点で疲れたような顔をして書類を片付けている姿を見て、自来也は眉をしかめた。
「悪いとは思ってるんですけど」
 書類に目を通しながら困ったように四代目は答える。
 四代目の目の前には何時終わるのか判らないぐらいの書類が詰まれている。
「まあ、あいつが暇という事はそれだけ平和だという事だろうが」
 背もたれに背を預けながら、自来也は何か言いたげに四代目をちらりと見た。
「俺が忙しいのは別に構わないんですよ」
「カカシとチビに悪いか」
「ええ。ここの所、家の事カカシに任せきりですからね。本当は歳相応に友達と遊ばせて上げたいですよ。ナルトも寝顔しか見てないし」
 いいながらもてきぱきと仕事をこなしてる四代目を見て自来也は頭をかいた。少し何かを考えて明後日のほうを見ている。
「のう」
「はい?」
「お前はワシを信頼しておるよな」
「え?」
 はっとして顔を上げるとニカリと笑って自来也が親指を立てている。
「仕分けはしといてやる。休みが明けたら目を通して判だけおせばいい」
「先生……」
「まあ、どうせ暇だしの。どうじゃ」
 四代目の手元が止まり、緩やかな笑顔が浮かんだ。

 味噌汁の味見をして頷くと火を止める。薬缶を火にかけながら哺乳瓶を用意する。背中ではナルトが大人しくおぶわれていた。
「ただいま」
 暖簾を片手で分けながら四代目が台所に顔を見せた。
「あ、先生お帰りなさい。もう少しでご飯できますよ」
「ナルト見ようか?」
「あ、はい」
 おんぶ紐を解きながら器用にナルトを四代目に渡すと、ナルトがむずがって泣き始める。普段泣かない子なので大変珍しい。
「パパだよーナルちゃん」
 顔を寄せると嫌々をするように小さな手がぱちんと四代目の顔を叩く。
「ナ、ナルちゃん」
 四代目、軽いショックだ。
 はいと哺乳瓶を渡され、がっくりしながらもナルトの口元に持っていくと、父親の顔を思い出したのかやっと泣き止んで、飲んでる最中じっと四代目の顔を見ている。
 暫くすると腹もくちくなったのか、うつらうつらとしているナルトを四代目は寝室に連れて行く。そっとベビーベッドに寝かせるとフクフクした頬に軽く触れた。
 戻ると膳がととのっている。
 見事な料理の数々に、最初の頃のこげこげ料理を思い出すとどの位料理させたのかわかって申し訳なくなる。
 お櫃からご飯をよそいカカシは四代目に差し出す。食卓がととのうと二人は手を合わせた。
「今日は早かったんですね」
「あ、うん。先生が引き継いでくれて
「自来也さまが?」
「そうそう。今度ね休み取れるんだ」
「本当ですか?」
 昼間の計画を話そうとカカシが飯台に身を乗り出す。
「それでね、カカシと休み合わせるから、カカシ遊んできなよ」
「え?」
「いや、ほら、ここの所カカシに家の事任せっきりだったし。ね。遊んできなよ」
「……はい……」
 カカシはそのままもくもくと食事を続けた。何時もならナルトがどうしたとか今日こんな事があったとかそんな他愛もない事を話しながら食事をするのだが、何の会話もなくて何時もは聞き役の四代目が話しかけても手ごたえない返事をするだけだった。

 手を振るナルトと四代目に手を振り替えして、ポーチに文庫本だけ入れてカカシは一人ぶらぶらと皆で来る予定だった公園に足を運ぶ。
 家族連れは少ない。遊具が少ないから子供が来たがらないのだろう。
 小さな東屋の中でカカシは本を広げた。本を広げたが読んでる様子もなく、ただ、同じ頁をじっと見ているだけだ。
 本を放り投げてごろんと横になると東屋の天井を見上げる。
 先程から雷が鳴っている。水の匂いも強くなってきた。
 ちらりと空に目を向けた瞬間、ザッと雨が降り出した。
「結構、ショック」
 てっきり、休みの日は一緒にいるのが当たり前だと思ってた。家族の一員のつもりでいた。遊びに行ってきなよと言われた時、お前はいらないから何処かに行ってくれと言われた気分がした。
 もちろん四代目にはそんな思いが毛頭もない事は判ってる。カカシに家事を押し付けて申し訳ないなと思っているからそう言ったのだろう事もわかる。
 判るがやはり寂しい。
 皆で何処かに行こうよと言って欲しかっただけなのに。
 先生と呼んでいる時点で家族じゃないかと思ったのだが、呼び方なんてどうでもよくて、カカシは、カカシだけは家族だと思いこんでいたのだ。
 少しだけ涙が滲む。
「雨、もっと降ればいいのに」
 家に帰りたくないと初めて思った。強くなる雨足を頬杖を突いて見上げる。
 強くなった雨足は時とともに弱まってゆく。あと少しで止んでしまうのだろうかと明るくなりはじめた向こう側の空を見上げる。
「カカシー」
 雨音に混じってカカシを呼ぶ声がした。気のせいではない。耳はいい。
「カカシー」
 傘を差しながら四代目が手を振ってる。ナルトも連れて来たのかスリングの布が見えた。
「先生!」
 突然の事にためていた涙がこぼれてしまう。
「雨凄かったから迎えに来たよ」
 咄嗟に顔を背けたが隠しきれるはずもなく、傘を畳みながら東屋に入ってきた四代目に驚かれてしまう。
「カカシ?」
 普段涙とは縁遠いカカシが泣いているので少し動揺したが、抱きしめようと手を伸ばした瞬間睨まれた。
「ほっといてください!」
「俺がほっとくと思う?」
「思いません!」
 第三者が聞いたら思わず笑ってしまうような言葉のやり取りだ。
 座りながら小さい子の様に泣きじゃくるカカシの肩を四代目は抱いた。
「泣いてるカカシも可愛いんだけどね」
 ニコニコと笑って頭を撫でてやると、カカシは鼻水を啜り上げた。スリングの中のナルトは気持ちよさそうに眠っている。ナルトの顔を見るとさらに涙があふれた。
「俺はね! 先生、俺は! 先生とナルトと一緒にいる時間が幸せなの!」
 ここまできたら全て言ってしまおうとカカシは四代目に詰め寄った。その剣幕に少しだけ四代目が押される。
「俺も、カカシとナルとといる時間が幸せだよ」
「俺は、先生とナルトを、か、か、家族だと思ってるの!」
「当たり前じゃない」
 今更何を言ってるのと言う顔で四代目が言うので、カカシは耐え切れなくて四代目の膝に泣き伏した。その泣き声にナルトも起きて泣き始めるので、四代目は慌てふためいた。
 暫くするとカカシもナルトも泣きやんで、雨も上がり太陽が顔を覗かせている。
「い、一緒に出かけたかっただけなんです」
「言えばいいのに」
 苦笑して四代目が言うと、拗ねたように泣きながら四代目の服の端をカカシが掴んでいる。
「そ、それなのに、遊びに行けって」
「ごめんね。カカシを仲間はずれにするとかそんなつもり全然ないから」
「知ってます」
 帰ろうかと声をかけるとコクンと頷いて立ち上がる。まだ四代目の服の端は持ったままだが。
「よし、雨も上がったし、ちょっと散歩しながら帰ろう。ご機嫌直してくれる?」
「手、繋いでいいですか?」
 俯いたままたずねるカカシに四代目は全開の笑顔を見せて手を差し出した。きゅっとカカシが手を握ってくる。何時も大人びた態度なのにとても子供っぽくて四代目は可愛いと笑った。口に出したら怒られそうで言わないでおく。
「夏になったら皆で海に行こうね」
「花火も」
「うん。行こうね。あ、虹が出てる」
 四代目の声に空を見上げると確かに虹がかかっている。
 その向こう側に夏の雲も見えた。
 
 
 おわり

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47610誤爆繰上げでROKUさまに差し上げ小説。
四仔カカとのリクでしたが、四+仔カカシ+ちまなる小説になってました。すまそ。
泣き虫なカカシが書きたかったのです。
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