空の先

 あの向こうには。
 ナルトは手をかざして空を見上げた。夜には星が見える。どっかの外国の人が空の向こうに行ったと聞いた。
 今住んでる大地はまあるくて、とても大きいからまるいの何か気がつかないらしい。
 太陽は他の星から見ればあの夜空に輝いてる星と同じなんだそうだ。
 じゃあ、あの光ってる星の一つ一つに惑星があって、生命が住んでいるかというと、温度や大きさによって生命が誕生するかしないかとか、そんな難しいことをカカシは任務先に向かう途中、野営した時に教えてくれた。
「じゃあさ、じゃあさ、同じ条件だったら、あの星の向こうにも俺が住んでいるんだってば?」
「何馬鹿なこと言ってるのよ」
 サクラが馬鹿にしたように笑う。
「え、でもさ、でもさ、ひょっとしたら、同じ条件だったら、万が一空の向こう側に俺がいるかもしれないってばよ。サクラちゃんや、サスケやイルカ先生やカカシ先生やえーともう一つの木の葉の里があってさ、んで、今この瞬間、カカシ先生の話聞いて同じように空見上げてるかもしれないってばよ!」
 ナルトは座ったまま手を振った。
「手を振ったって見えるわけ無いだろ」
 ふんとサスケが鼻を鳴らすが、サスケもナルトの考えと同じようだ。
「あはは。ナルトのはどちかって言うと平行世界の話だね」
 隣に座ったカカシがくしゃくしゃと髪を撫でる。
「ぱ、ぱられるわーるど?」
「一度ずれるごとに世界が変わっていく時間軸が一緒の世界」
「…・・・難しくてよくわかんねーってばよ」
「例えば、今ここにいるナルトは男の子だろ? で、サクラは女の子でサスケは男の子。先生は男」
「そんなの当たり前だってば」
 子供の好奇心は平等らしく、質問役をナルトにまかせて、サスケもサクラも興味津々でカカシの目を見る。まだ子供なんだねーとカカシはマスクの下で笑う。
「ところが、その世界には女の子のナルトや、男の子のサクラとか性別逆転の世界もあるかもしれない」
 腕を組んだり、顎に手を当てたりと三人三様で考え込んでる。
「アスマ先生とかイビキのおっちゃんも女な訳?」
 ナルトの問いかけにカカシ他三名は噴出した。噴出したが笑っちゃいけないとばかり口を押さえてる。
 さすが意外性忍者のナルトらしい質問だ。
「カカシ先生は素顔わからねーからまだいいけどよ。じいちゃんとか……女装した姿しか想像できねえ」
 あまりのおかしさに笑い声も出ず、三人はその場に伏して身体を震わせていた。
「な、何でそんな、そー言う話じゃないでしょう」
 げらげら笑いながらカカシが身体を起こす。
「ひょっとしたら四代目が生きてる世界や、俺がもう火影になってる世界もあるかもしんねーって事?」
 目じりの涙を拭いながらナルトを見ると幾分真剣な眼差だ。その眼差しで本当はナルトが何を聞きたいのか判って、頭を撫でる。
 俺の中に九尾が入っていない世界もあるの?
 カカシは目を細めた。
「あるかもね。でもね、そうすると、この世界と全然違かったりするかもよ? サスケが生まれてなかったり、サクラが木の葉で生まれてなかったり、俺がいなかたりという世界かもしれないよ」
「やだ! 俺、この世界がいい!」
 即答でナルトが答える。
「私だってサスケくんに会えない世界なんていやーよ」
「ふん」
「サクラちゃん俺は俺は?」
「そりゃ、ナルトだっていないとつまらないし」
 照れてるのだろうか、サクラが不貞腐れて答えたのに、ナルトは嬉しかったのか大騒ぎだ。
「さ、話はおしまい。寝るよ」
「でもさ、先生。その世界ってひょっとしたら宇宙のどっかにあるかもしれないってばよ」
「かもねー。はいはい。寝た寝た。見張りはいらないからね。忍犬にしてもらうから」
 ナルトの意見は見事無視されて、皆寝る支度をはじめてる。
 ナルトは眠るまで興奮して空を見上げていた。
 あ、そうか、向こう側の俺は俺を見下ろしているんだ。向こうの俺も見下ろしてるって思ってるんだ。
 そんな事があった。
「ナルト出発するぞ」
 あの頃はD級任務に向かっていた道のりを今、ナルトはS級任務で歩いている。クラスは未だ下忍だが、あの頃の自分とは実力が段違いだ。
「あんたさーそろそろ昇級試験受けたら?」
 メンバーもあの時と変わっては無い。カカシがいて、上忍になったサクラがいて。サスケはもうすぐ木の葉の里に戻ってくる。
「だってさー。上忍になるとそのだっせー服着なくちゃならねーんだろ? ノーサンキューだってば」
 唇を尖らせて不満を言うと、カカシが頭を抑えた。
「お前ね、これは目立たないようにって機能的かつ」
「はいはいはい。判ったってばよ」
 カカシのお小言を片手で押さえ、ナルトは先を急いだ。地平線と青空が目の前に見える。青空の向こうにはもう一人の自分がきっと同じ事をカカシに言われているのだろう。
「でも、俺、この服似合うし!」
 二カッと笑ってカカシとサクラを振り返る。
「そんな所まで自来也さまに似なくても」
 サクラが嘆く。
「ま、確かにナルトに似合うからね」
 カカシは何時もの事だと笑った。
 本当は、ナルト自身は昇級試験を受けたかったのだが、サスケの事を思うと今一踏ん切りが付かなかったのだ。
 ライバルだから対等でいたい。
 そんな思い。
 ナルトは空を見上げるたびに、カカシが話してくれた別の世界を思い出す。空の向こう側の自分も同じ思いをしてると思うとがんばれた。
 そして、あの頃に戻れたらという、胸が締め付けられるような思いもわきあがる。
 ナルトは空の先にいるはずの自分に、がんばれよと手をふった。
「何? 伝令?」
 慌ててサクラが厳しい目で空を見上げる。
「ん? 違うってば。空の向こうの俺に手を振ったんだってば」
 ナルトの言葉にサクラは激怒したが、カカシは懐かしそうに目を細めた。
 あの向こうには自分がいる。
 空は暗く蒼い。


おわり

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