その玩具店が店をたたんだのは店主の頑固爺さんが亡くなってからだから、多分、十年前ぐらい。俺が8歳のときだ。
懐かしさに当時の情景を思い出す。
爺さんが一人レジに座っていて何時も新聞か本を読んで難しい顔をしていた。そんな顔だから子供が近づくはずがなく時折、大人が高い玩具を買うか、なじみの客が子供を連れてきて買っていくか位だったと思う。俺が爺さんの店に入ったのは偶然だった。
当時は文房具店と玩具屋が一緒になってる所が多く、俺はクレヨンが欲しくて金を握り締めて走っていた。大抵店は嫌な顔をして売ってくれるが、子供心に大人の嫌悪感むき出しの顔は気分がいいものではなかった。
そんな時ふと、爺さんの店が目に入ったのだ。
玩具屋というと陳列ケースに色々並べてあって、煌々とライトアップされているものだが、爺さんの店は箱がうずたかく積み上げられて、一見玩具屋とは分からないくらい薄暗い照明の店内だった。表に貼られた褪せた玩具の新発売のポスターと最近の玩具の真新しいポスターで、ここ、玩具屋なんだ。と、足を止めたのだ。
恐る恐る覗いてみると、客は誰も居らず、レジのとこから爺さんがジロリと睨んできた。一睨みしただけで爺さんは好きに見て行けと言う様に本に目を落とす。嫌な睨み方ではなかった。老眼だから俺が誰なのか分からないのかと思って、恐る恐るクレヨンをレジに持っていくと、ぶっきらぼうだが丁寧に梱包してクレヨンを渡してくれた。
一回目だけでは好きなのか嫌いなのか分からずそれから恐々と何回か足を運ぶと、売れ残りのビー玉をくれたり、気が向いたら「遊ぶか?」と不機嫌そうな顔をしながら聞いてきて、一緒にベーゴマや面子とかで遊んでいた。時折お茶を出されて、話に付き合えと昔の戦争の話や不思議な話を沢山してくれた。
物静かな付き合い方だったが、とてもいい時間だった。
店のシャッターが降りていて張り紙が貼ってあった時はずいぶん悲しんだものだ。
そういえば、あの店で欲しがった玩具をわざと分かりづらい場所に置いて、お金をためて買いに行った事もあったな。当時欲しがったおもちゃは、今の自分にとってはどうって事ない金額のおもちゃなのだが、その時はとても高くて手が出ないので見つからないように陳列して、売れませんように売れませんようにと祈りながらお金をためるのが精一杯だった。子供の浅知恵だったのですぐに見つかってしまう場所だろうが、幸いと売れてなかった。
俺がその玩具屋を思い出したのは、一枚の葉書からだった。
自分の恩師二人がそのおもちゃ屋を買って、店を再開させたと書いてあった。
あまり接点もない二人だったので酷く驚いたものだが、二人の顔を思い浮かべおもちゃ屋などと似合わない職に更に驚き苦笑を漏らした。
早速開店日に行ってみると、本日開店というのに花も飾られてなければビラが貼ってあるわけでもない。センセイが奥のほうの棚で何か上げ下ろしをしていたりしている。
もう、センセイと呼ばなくてもいいのだと何度か周りや本人から注意されたのだが、長年使っていた呼び名はそう簡単に変わるはずもなく、「カカシ先生」から名前を取って「センセイ」にしたのが精一杯だった。エロ仙人は相変わらずエロ仙人と呼んでいるのだが。
仙人とセンセイは小言を挟みつつも上手くやっているようだ。
目があった仙人に酒瓶をかざしながら挨拶する。お祝いに二人が好きそうな酒を持参したのだ。
「おー! ナルト! 良く来たな!」
「いらっしゃいませ。だってばよ」
訂正するように言ってやるとフンと鼻で笑われた。懐かしさに店内を見回す。
「よぉ。ナルト。相変わらずだな」
「センセイもお変わりないってばよ」
「相変わらずの口調だのぉ!」
そういって、エロ仙人が豪快に笑う。相変わらずの仙人の態度に懐かしさがこみ上げて泣きそうになってしまう。
「相変わらず泣き虫だのぉ」
「うるさいってばよ!」
慌ててごしごしと涙を拭って奥のほうを見るとセンセイと目が合った。優しく笑われてまた涙がこみ上げてしまう。
「でも、何で玩具屋なんだってば」
「そうですよ。何なんですか。俺まで巻き込んで」
「気まぐれだ」
堂々としたエロ仙人の答えに俺とセンセイはがっくりと肩を落とした。
「こうやって、落ち着くところを持っておれば、お前もちょくちょく顔を出しやすくなるじゃろう。それに他の奴らも子供とかつれて集まりやすいじゃろうからのう」
懐からキセルを取り出して火をつける。
俺は仕事の関係で一年おき位にあちこちを回っていた。火影候補ということもあり、無理難題ばかりばあちゃんが集めてくるので一年のうちにアパートにいれるのが数週間くらいで、それでも荷物の事とかあるので解約はせず、植物の世話をサクラちゃんに頼んでいた。サクラちゃんとは未だ平行線で、男女の仲には至らない。じれったく思う時があるけど、最近なんだか恋愛というよりは友情のほうが強くなっている感じがする。
「悪いけど、お茶は自分でいれてくれよ。ついでに俺の分も淹れてくれるとありがたいんだが」
「わしの分も」
「はいはい。勝手に台所かりますってばよ」
相変わらずちゃっかりしてる。まあ、手伝えって言われないから人使いは荒くはないんだけど。
靴を脱ぐと台所に向かう。廊下も電灯もあの時のままで懐かしい。あんなに高かった天井が今は普通の高さに見える。柱時計も茶碗も当時のままで、しばらく足を止めて懐かしがっていた。
「ねえ、この家って、昔のまま使ってるんだってば?」
店のほうに声をかける。
「前の人が丁寧に使っていてね。ほぼ使える状態なんだよ」
センセイの声が聞こえた。
「ふーん」
コンビニ袋に入れっぱなしのお茶を空けて茶筒にいれる。その間に薬缶を火にかけると買いっぱなしの食料品を片付けた。昔使っていた自分のお気に入りの梅の花が付いている茶碗を見つけて嬉しくなる。
薬缶がかんかんと音を立てたので止めてぬれぶきんに底をつけた。お湯を注いで蒸らしていると、
「ナルトー」
センセイに呼ばれたので、慌ててお盆にお茶の道具をのせて店の方に戻る。センセイが不思議そうな顔で箱を見ていた。
「どうしたんだってばよ」
勝手に淹れてねとエロ仙人にお盆を手渡しながらセンセイの方を向く。
「これ。そこの棚にあった」
その箱を渡される。懐かしい玩具の箱だった。昔欲しくてこっそり分かりにくい陳列をしたものだ。これを買いに行こうとしたら閉まっていたんだっけ。
箱の隅の値札の上に褪せた付箋が貼ってある。
「うずまきナルト様。予約品」
ウズマキナルトサマ、ヨヤクヒン。
ぱたりと涙がこぼれた。ぱたぱたと箱の上に落ちて、その部分がふやける。慌ててセンセイに返すと、俺はぐいと涙を拭った。拭ったのに、壊れた様に涙が止まらない。
ああ、じいちゃん。知ってたんだね。
俺が欲しくてこっそり隠していた事を。きっと俺が買う前に付箋とか外していたんだね。俺、今日もあるって確認だけしかしなかったからわからなかったよ。
にっこり笑ったじいちゃんの顔とか、ぶっきらぼうな顔をして頭を撫でてくれた事とか思い出していい大人なのに声を上げて泣いてしまった。
ありがとう。ありがとうじいちゃん。
ひとしきり泣くと俺はがま口を取り出した。センセイから箱を受け取ってエロ仙人に手渡す。
「これ、ください。お客一号だってばよ!」
60両もしない玩具。当時はこれが欲しくて欲しくて、必死でお金をためていた。
「あーこれ、プレミアついて、今60000両だ」
「え?!」
エロ仙人の言葉に思わず涙が引っ込む。
ま、また買えないのかよ!
口をあんぐりとあけていると、エロ仙人がいきなり大笑いした。
「と、いいたいところじゃが、予約品だしの。しかも今日は開店記念特価じゃ。60両じゃ」
ひ、人が悪いってばよ!
俺が文句を言いながらお金を出すとセンセイも大笑いする。
品物を受け取りながら、当時はこんなものが欲しかったのかと箱を眺めた。幼い日の褪せた思い出が少しだけ切なくなった。
おわり