ナルトの背中を見てうらやましいなと思う。背中なんかだれでも持っているだろというかもしれないが、少年と青年の狭間でとまどっている背中というものはもう、もどらないのだ。あの背中に翼がはえていたって。驚かない。強いような弱いような背中だ。
自分の手を肩に置く。背中までには届かない。自分の背中にはあの青臭さはない。
「エロ仙人。肩、痛いんだってば?」
ナルトが意地悪く笑いながら覗き込んでくる。こんな表情を見せるようになったのもつい最近。
「じじいなもんで」
余裕たっぷりに笑い返してやると、背後に回られた。ゆっくりと肩を揉み始める。ナルトは「揉んでやるってばよ」とも「気持ちいいってば?」とも何も聞かずにもくもくと肩を揉んでくれた。何も言われないのでどんな反応をしてよいやらわからず、肩を揉まれている。
「終わりだってばよ」
「ああ。ありがと」
頭を撫でてやろうとしたら、そのまますたすたとサクラの方にいってしまう。若者特有の意地悪な言葉を予想していた自分にはかなり肩すかしな態度でナルトの気持ちが良く分からなかった。普段からわからないけど。まあ、かなり歳も離れていれば多大なるジェネレーション・ギャップが生じるものだから、気持ちが分からないのは当たり前と言われるかもしれないけど、それを感じるとかなり寂しくなる。なるのだが、どうしようもない。どんなに願ったって若返るはずはないし、ナルトが急激に歳をとるはずもない。なるべく同じ目線の高さで物事を見たいのだが、知識とか、経験とかそんなものが邪魔をして何かやろうとしても、どうしても「ずれ」を感じる。
「カカシ先生おそーい!」
サクラの声に顔を上げるとカカシがやってくるところで、自分は受付に行くために腰を上げた。何度見ても第7班は不思議な組み合わせだが、一番納得出来る組み合わせでもある。
ナルトの横顔が見えた。遅れてきたカカシに向かって無邪気な笑顔を見せている。カカシも何事か言うと微笑み返した。
時々建物と建物の間の丁度空き地のような所に足を運んだ。アカデミーの裏側にあるのだが偶然迷い込んで見つけた場所で分の秘密の場所になっていた。まあ、他にも誰か来ているだろうがそう言ったほうが良い感じなので、自分が言っているだけなんだが。
草ぼうぼうの所に古い鉄筋が丁度座れる様に置いてあるのでそこに腰を降ろし、空を見上げている。一人でぼんやりと考え込みたかった。今、自分が何を見ているのか。
ナルトを見ているのは確かなのだが、何のためにナルトを見ているのかさっぱり分からない。寝たいわけでもないし、自分のものにしたいわけでもない。ナルトをただ見ていたいだけなのだ。全部写真に納めて自分の好きな時に出して眺めたくなる。でも動くとそれ以上の表情が出て、話すともっと気になる表情があって、それを写真に納めると魅力が半減してしまうのもしってるし、動いてるナルトが一番魅力的なのもしってる。それを見てるのが楽しいのも。
変態だな。こりゃ。
ぐしゃぐしゃと頭をかいた。今、冷静に自分の考えを外から見たのだが、ストーカーというか、かなり変態入ってるのではないだろうか。嫌になる。何かをしたいっていうのなら行動に移せるけど、見ていたいじゃ、なんにも出来ない。
「まったく、どうしてしまったのだろうかのう。わしは」
恐がってるのか?
その自問に自分が驚いた。恐がってる。何を。ナルトを? 何で。
「自来也さまー! 自来也様!」
イルカの探してる声が聞こえる。大方三代目が面倒ごとでも押し付ける気なのだろう。
「おう、ここだ。ここだ」
返事をしながら出て行くと何処から出てくるのかとイルカは酷く驚いた顔をしていた。
「三代目がお呼びですよ」 「やっぱりのう。めんどくさいのお」
イルカが困ったように笑う。人のいいこいつにこういう顔をさせると罪悪感が沸いてくる。
「自来也さまはすぐいなくなってしまうから探すのが大変です」
と肩を落とす。方々探し回ったのだろう、額にうっすらと汗が滲んでいる。
「まったく、わし以外に頼めばいいものを」
「それだけ信頼されてるんですよ。羨ましいですね」
とにっこり上手い事を言う。なかなか侮れない中忍だなと思わず目をやってしまうが、暢気そうに笑っているだけで尻尾の一つも見せやしない。まあ、ナルトのアカデミーでの師範でもあるからな。あの生徒にしてこの師ありだなと妙に納得した。
受付近くにじいさまの顔が見えて咄嗟に逃げようとした。習慣とは恐ろしいものである。
「早くこんか!」
「はいはい」
一喝されて、しょぼしょぼと歩いているとますます、じいさまは怒った。
「エロ仙人。怒られてるってばよ?」
ナルトの声が聞こえたので首を回すとニシシと笑って受付の入り口に立っていた。カカシも並んで立っていて、自分を見ると軽く頭を下げる。ナルトが上を向いてカカシに何事か話しかけて蕩けそうな笑顔を見せれば、カカシもナルトの視線を受け止めて、負けず劣らず蕩けそうな笑顔を返す。つま先で軽くカカシの踵を蹴る。気付かれないように軽く蹴るのだが当然蹴られてるカカシは気が付いていて、軽く笑いながら小さく唇を動かす。ああ。そうか、そう言えば、好きな人がいるって、ナルトから聞いたよな。カカシなのか。
痛いってばよ。
そう小さくナルトの唇が動くがカカシは答えない。
うらやましい。
その考えに驚いた。まさか自分がそんなことを羨むとは思ってなかったから。
とても覚えのある感覚が這い上がってくる。冷や汗が出てくる。気がつかないように気がつかないようにと考えを散らせても、考えが一点に集中してしまう。ここまで来たら素直に認めろと本能が自分を責めるが、理性と言うか自我というかそんなものが、気のせいだ気にするなと語りかけてる。あとは前葉頭の判断まちだが、きっと、ああ。もう駄目だ。答えが見える。自分はおしまいだ。
なんて事だ。
ナルトに恋してる。
自覚してしまうと恥ずかしいやら、焦りやらが噴き出して、思わず両手で顔を覆った。穴があったら本気で入ってもいい。
恋だなんて青くさい恥ずかしいものに再び触れようとは。ああ。情けない。いや、恋はする。これだけ生きていれば。でも、それはなんという言うのか、理解ある大人の恋ってやつで、目的がはっきり「エッチ」ってのがあるから、でもこれは、十代の青くさいあの恋だ。好きだけで生きていける、あの感覚。
ああ。恥ずかしい。
「自来也様。顔、真っ赤ですよ」
思わず応接セットにお茶を運んで来たイルカを殴った。少しはほって置いてくれ。
「痛いですよ。何するんですか」
「うるさいのぉ!」
「自来也。いい歳して、いじめは関心せんぞ」
じいさまはそういって呆れたようにキセルを煙草盆に打ち付けた。
無視して窓際のほうに歩いていく。自分が恥ずかしい。こんなに純情、純情って単語も恥ずかしい。純情な心があるなんて。
いっそ、汚れた恋にしてみたら。
自分が凄くおかしいのは分かっていたが、その「純情に恋してる自分」ってものから逃げ出したくて色々足掻いて見たが、そうすると、余計泥沼に入り込むのが分かっているのに、抜け出したくて抜け出したくて必死でもがいた。
自分が滑稽だなと思ったのは家に帰って寝る間際の事で、自分の一日を振り返ってますます悶絶してしまう。 大人の恋ならば、ふられるのを覚悟の上告白とか出来る。傷の治し方を知っているから。残念ながら、今の自分は少年の心に逆戻りしていて、ふられて傷つくのを恐れている。この恋の傷の治し方をしらないから。
目蓋を上げた。目に置いたごつごつした指が見えて、自分は大人に戻った。
だから、何だと言うのだろう。自分はもうあの時代に戻れないのに。何を恐れているのだろう。さらりと告白すればいいことじゃないか。いい大人が。そう考えると寂しくなる。自分は、どう見ても大人なのだ。
もう、少年の背中は戻らない。
ナルトの背中を思い出しながら、自分は少しだけ昔を懐かしんで、青くさい自分の思いを哀れんだ。
end
(この作品は五年前の小説『少年』をリメイクしたものです)