■依頼
「おーカカシ。ナルト貸してくれんかのー」
 上忍待機所、人生色々でいきなり自来也にカカシは声をかけられた。めったに声をかけられたこともないが、待機所にいつもいない人物を目にするとは、かなり厄介な事件が起こってるらしい。
 自分の教え子の名前をだされてカカシは顔をしかめた。生い立ちからやっかい事に巻き込まれている子だ。これ以上のやっかいごとには係わらせたくない。
 同じソファーにどっしりと腰を下ろすと自来也は上忍が淹れてきた茶をすする。風貌も態度も派手だがそれに見合うだけの実力の持ち主だ。現にカカシの師、天才とうたわれた四代目火影の師でもあるからその実力は相当なものだろう。普段人から尊敬される事の多いカカシも自来也には尊敬の念を置いている。
「ナルトでいいのですか?」
 不振そうにカカシが聞き返す。自来也が動くということは、それ相当の事件だろう。残念ながらナルトには経験不足だと彼は思ったのだ。個人の感情抜きに担任の目から見てうちはサスケの方が任務に適任だとは思ったのだが、どちらにしても部下を危険な任務につかせる事は不安である。
 カカシ目の奥の不安を読み取ったのか自来也は薄く微笑んだ。
「まあなあ。普通ならうちはのガキが適任だとは思うんだがな。今回の事件はナルトが適任でのぉ。ナルト以外はだめかもしれんな」
 自来也は腕組みをしてソファーに身を沈ませた。人生色々の中は騒々しく人の出入りが激しい。このソファーの場所も普段は人気のスポットの一つで何時もなら人が集まるのに、さすがに自来也がいて来辛いのか、ちらりちらりと状況を見る目はあるのだが近寄っては来ない。
 さすがに伝説の三忍ともなると尊敬より畏怖の方が強くて近寄りがたいのだろう。自来也もそれが判っていて人生いろいろにはなるべく顔を出さないようにしている。いくら気さくな人柄だとはいえ、憧れの忍者がいれば場の空気も乱れるものだ。任務前の上忍達に動揺を与えたくないという自来也なりの配慮だったが、時には自来也自身が出張らないと解決できない任務や、任務に同行する忍者と待ち合わせをするとか、または今回の様に仕事を頼む忍者を捕まえたい時にくるのだ。
 時々三忍の一人で、イチャパラの作家だという事もあって時々握手やサインを求める者もいるのだが、大抵は遠巻きにしてちらちらと見るのが常だった。
 カカシは持っていた紙カップの水を飲もうとして空なのに気がついて、くしゃりと握りつぶした。そのままくしゃくしゃと握りつぶしていると、自来也が眉をしかめるのでしょうがなくソファーの横にある屑篭に捨てた。何か手にしてないと落ち着かない。自来也の話を聞きたくないからだろう。自来也とするナルトの話はどうも落ち着かない。取られたという気持ちもあるからだろうが、他から見ればカカシがナルトを見捨てたと見えるだろう。見捨てたわけではない。たまたまサスケが同じ車輪眼の持ち主で、同じタイプの忍者だったから。自分が教えれば伸びるなと思ったから、自分で「良い」と思った選択をしたのだが、あとからエビスごときに教えられるかと自来也に笑われた時は顔が赤くなった。
 ナルトへの想いに気がついたのは。
 気がついたのは最近だ。
 きっとそのせいもあるのだろうな。
 カカシはため息を漏らして、遠くを見た。ふっとナルトの驚いた顔を思い出して微笑む。カカシが後ろから驚かした時だったが、何もそんなに驚かなくてもと言うと、物凄く怒って、怒って、その後とびきりの笑顔を見せてくれたのだ。
 最初はあまりいい感情を持っていなかった。一緒に行動するにつれナルトの意外な一面を見つけるたびにゾクゾクした。もっと知りたくて踏み込むと内面がカカシが思ってるよりも寂しい子供で、時々変に気を使ったり、一歩引いたところから人と接したりといじらしさに涙が出そうになった。抱きしめて上げたいと、傍にいたいと何時の間にか思う様になり、それが、ナルトの特別になりたい。とか、独占したいという思いに取って代わられ、全てが欲しい、寝たいと思う次期になっては、自分がナルトに恋をしていると自覚せずにはいられなかった。気がついてしまうと、ますます、ナルトから離れようとしている自分がいた。教え子に対しては平等でありたいとか、気がつかれてはいけないとか、そんな偽善的な考えを楯にしていたが、本音は拒否されたら怖い。その思いだけだ。
 随分と可愛らしい片思いしてるじゃないの。
 気がつくとカカシは自分をそう笑う。
 それに、ナルトを選ばなかったのは、やはり差別もあったのかもしれない。サスケのほうが中忍になれる可能性は確かに高かった。ナルトも伸びては来ていたが、まだまだで、今年は無理でも来年はなれるにだろうと心の何処かで思ってた。だからナルトに対しては後ろめたい。
 人生色々は自来也とカカシの周り以外は騒がしい。
「あのどういった」
 ドベのナルト以外に適任者がいない依頼。
 どんな依頼内容かとカカシは不安になった。ひょっとしたら九尾関係での囮捜査ではないのかと思ったのだが、口に出していいものかどうかカカシはためらった。口に出して肯定されたらと思うと、不安で口に出来なかったのだ。
 下忍の上位ランクの依頼の出向というと囮捜査しか考えられない。九尾関係の囮だとかなり危険な敵が伺いしれる。暁とかそういう組織クラスのあぶり出しとか。自来也がいるから大丈夫だとは思うが不安でたまらない。
「そんな顔するな。九尾関係ではない」
 茶を啜りながら自来也がお見通しだとばかりに笑う。見透かされてカカシは恥ずかしくなり顔を逸らした。さすが三忍というか、自来也の前では普段顔を隠しているカカシの表情も気で読み取ってしまうらしい。カカシはなるべく無表情を装っていたつもりたったのだが。
 水は飲み干してしまってる。
 自来也の顔も見ているのは辛い。
 カカシは膝に肘を乗せるとそのままだらりと手を組んで手甲を見つめた。昨晩クナイを研いだ時に出来た傷が親指の付け根にピンクの線を作ってる。
「金髪碧眼のガキが必要なのだ」
 その言葉を聞いてカカシは長期の囮捜査と見当をつける。
 それならばナルトを使うのも分かる。
 長期の囮捜査に変化の術は使えない。何時犯人が来るか分からないからだ。短期なら変化で決着が付くこともあるが長期となるとそれだけチャクラが消費されてしまう。そいうことでこういった場合は、条件にかなった人材を忍者の中から選ぶ。上忍下忍関係ない。
 生憎と今の木の葉に金髪碧眼の子供はナルトしかいない。
「ま、お前が考えてる事であっとる」
 任務は様々の場所から入ってくる。遠い所もあれば近い所もある。仕事内容によっては隠密行動のものもある。火影と関係者以外知らない時もある。任務内容をカカシにも言わないという事はかなりクラスが上の任務だと思われる。
「しかし、大丈夫なのですか……」
 自来也の方に不安そうな顔を向け、カカシは眉を寄せた。下手をすると敵の懐深くもぐりこまねばならない任務なのだ。万が一殉職などという事になったらという不安が鎌首をもたげたのだ。
「確かに、危険かもしれん。が、あいつはわしがきっちり守る。わしの力が信用できんか?」
 にやりと自来也が笑う。
 慌ててカカシは首をふる。子供みたいな仕草に顔が赤くなりうつむいた。
 首をふったのはいいがどんなドジを踏んで危ない眼にあうか。ナルトが心配でたまらない。
「いえ、しかし」
「過保護だのう」
 カカシは心の奥底の気持ちを見透かされた気分になり、真っ赤になって目を逸らす。目を逸らしてからこれでは自分の気持ちが特別だということを告白しているのに気がついて目を戻すが、時すでに遅し。自来也は腕組みして、優しい笑みをカカシに向けていた。
「個人の感情には何もいわん。わしとてあの子は特別だしの。でも、カカシよ。ナルトは忍者だ。今回以上の仕事だって今後こなして行かなくてはならぬのだぞ」
 そこまで言われてしまうと、何もいえなくなってカカシは「わかりました」と小さく答えて項垂れた。今回の任務はナルトにとってはいい経験になるだろう。ランクだって、文句無い。
「おお、すまんな。それでな、ナルトと釣り合うように七班にもCクラスの仕事入れとくからのう。ナルトの代わりに別のをつけてやるから」
 そういってにっこりと笑われて、結局どのクラスの任務なのか聞けずじまいで、カカシは少しイライラした。Bではないだろう。AかS。ナルトに勤まるかどうか、危険な目にあわないか。
 そんな事を思いながら任務をこなしていたらへまをした。へまとはいえないだろうが、サスケとサクラに華を持たせてやろうと思った任務をつい、こなしてしまったのだ。
 ナルト抜きのCランク任務。期間は一ヶ月。何時も以上にスムーズに行えたのに、サクラとサスケは不機嫌だ。
 ナルトの代わりに入ったのは特別上忍並足ライドウで、結果、カカシとライドウがほぼ任務を片付けあまり見せ場というか活躍の場がなくてサクラとサスケはむっすりと押し黙って詰め所に向かっているわけである。上忍と下忍の違いをまざまざと見せ付けられ、日頃自分自身結構やるほうだと思っていたサスケも、あまりの違いぶりにプライドもへし折られた。サクラも同様だ。一月もかけて何をしていたんだとばかりの不満そうな顔である。
 アカデミーにつくとカカシはぶすくれてる二人に優しい笑顔を見せる。
「おつかれ。よくがんばったね」
「……」
 サスケはふてくされて横を向いてるし、サクラはうつむいてる。ライドウは困りきった顔でカカシを見た。その視線を受けてカカシは小さくため息を付くとマスクでどうせ見えないのだが、飛び切りの笑顔を見せて二人の視線に合わせて腰をかがめる。むっとした表情の二人が一斉にカカシを見た。
「ごめんねー。今日のはちょっと先生達じゃないと仕留め切れなかったのよ。それとも、俺たちが手を抜いてそっちに敵まわせばよかった?」
 そういうと二人ともぎろりとカカシを睨む。下忍でもいっぱしの忍者なのだ。そんな馬鹿にした回答など求めてはいないだろう。
「すげー助かったのよ。サスケとサクラの援護ないと今回の任務は本当にきつかったからさ。な、ライドウ」
「ええ。危ない所にちょうど援護がはいったので、楽に戦えました。ありがとな」
 最後のありがとなは、二人に言った。
 それを聞くとしぶしぶといった顔で子供達は照れた笑いを浮かべる。カカシは可愛いなあと微笑みながら受付の扉をあけた。
 とたんに凄まじい騒がしさがもれてくる。
 中には暗部もいて、なにやら物々しい。
「なにー?」
 サクラが驚いて声をあげる。カカシは片隅に自来也を見つけた。毛布で包まれた何かを持っている。金の髪が見えてそれがナルトだと分かってぎょっとした。
 自来也はあやすように何度もナルトの背中をたたいている。
 近づこうとすると、自来也と目があって片手で「来るな」と牽制される。
 毛布から伸びた腕がぎゅっと自来也の服を掴んでいる。
 横に立っていた五代目がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。女性とはいえ貫禄は十分でその場にいた四人は姿勢を正して会釈をする。その仕草を受けて五代目は頷いた。
「任務ごくろう。大変だったな。どうだ? 上の任務は?」
 気さくに語りかえられ少し緊張がとけ、サスケとサクラが礼と今回の任務の感想を言ったが、上の空の答えで、ざわめく周りが気になって仕方が無い。しかも、ナルトらしい人物が自来也に抱かれてあやされている。幾らへこんでも、どじをしても、二人はナルトのそんな姿を見たことがない。だから何が起こったのか気になってしかたがなかった。
「あの、この騒ぎは」
 カカシは見回しながら火影に尋ねた。
「ちょっとな。おまえらもご苦労だったな。疲れたろう。家に帰ってゆっくり休め」
 にこりとサスケとサクラに笑いかける。優しい笑顔だったが、目の奥の光は鋭い。
「あの、あれ、ナルトですよね」
 ためらいがちにサクラが聞くと、五代目は目をそちらに向けた。毛布の隙間から覗く金髪に気がつく。困ったようにため息を付くと、短く「そうだ」と隠しもせずにそう告げる。隠していても明日には判ってしまう事だ。サスケとサクラの顔が不安にゆがんだ。
「怪我を……したのですか」
「……」
 五代目はサスケの問いには答えずどうしたものかと天井に目を向ける。正直言えば子供たちは心を痛めるだろう。心を痛めて変にナルトに優しくして、ナルトの心の傷が深くなるとも限らない。ナルトの事だから平気だとは思うが、綱手は言わない事にした。
「怪我はしてない」
 サスケの問いかけに簡潔に答える。カカシはそれが不満だったらしく、ずいと綱手に詰め寄る。
「危ない任務じゃないと」
 カカシの咎める声に火影は困ったように腕を組む。さすがにカカシには黙ってられない。が、今は子供たちがいる。子供たちの耳には入れたくない。
「カカシ。ナルトはこれからも、こんな任務をこなしていくのだ。怪我はしてない。それで十分だろう」
 それだけ言うと「行け」と目で合図されて追い出される形で四人は部屋の外に向かった。
「カカシ。悪いがナルトは休ませる。しばらくナルト抜きでやってくれ」
 追いかけるように火影の声が聞こえてくる。
 釈然としないカカシはそこにいた暗部を捕まえた。相手がカカシということもあって、暗部はとまどいながらも立ち止まるが、そわそわと落ち着きなく質問されたくないのが見て取れる。
「おい。いったい何があった」
 片目で睨みつけるように質問すると、大抵のことには冷静に対処するはずなのに、暗部は逃げるように身体を引いた。逃がさないように捕まえた手に力を込める。
「……」
 面の奥の瞳がちらりとサスケとサクラに走った。子供には聞かせにくい話題なのだと分かってカカシが目でうなずく。
「サスケ、サクラいくよ」
 二人の肩を押すとサクラが焦ったようにナルトのほうを振り返り、カカシを見上げる。何度も交互に視線を走らせる。
「で、でもナルトが」
 サクラが不安そうにカカシのベストを引く。その頭に手を置いてカカシは安心させるように微笑んだ。
「今回は任務が違うでしょ? それに火影様が怪我してないっていったじゃない」
 サクラはもとよりサスケまで心配そうにナルトに視線を走らせる。その光景にカカシはいい班になったなと微笑んだ。以前ならありえない光景だ。
 カカシはちらりとナルトを見ると二人の背中を押して受付の方に歩いていった。
 

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