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物凄く不器用な男の恋の話。【伊作←文次郎+仙蔵】

 不器用なのは痛いほど自覚してる。
 潮江文次郎は腕組みをして考え込んだ。
 少し遠出をした演習。あまりにもきつい内容に教師が休息日を設けたのだ。
 皆、野営地の近くの温泉に行ったり、だらだらと時間をつぶしたりとしていたが、潮江文次郎だけは小難しい顔で眉を寄せて考え込んでいるのだ。
 あまりにも真剣な彼の様子に声をかけるべきかどうすべきか迷っていた級友達だが、立花仙蔵が声をかけるのを見て、まあ、立花に任せておけばいいやとばかりに散る。声をかけても悩み事の内容を語るのは仙蔵だけだろう。
「どうした? 文次郎」
「仙蔵」
 悩んでる文次郎の隣に座り顔を覗き込むように尋ねれば、文次郎はどうしたものかと困ったような照れたような顔で少しだけよけて仙蔵の場所を作った。
 この気づくか気づかないかの優しさが文次郎だなとつい仙蔵は笑顔を浮かべてしまう。
「いや。その…」
 言い難そうに口ごもって珍しく下を向いて視線をさまよわせてる。文次郎の態度で何の事で悩んでるのか見当は付いた。
「伊作か」
 座っているので上半身だけだが、文次郎は飛び退った。見る間に顔全体を下から上へと真っ赤に染めて更に落ち着き無く視線をあちらこちらに飛ばしてる。
「……」
 なんともまあ。
 仙蔵は胡坐をかくと膝にひじを乗せて乗り出すように顎を支えた。
「文次郎…」
「皆まで言うな! 似合わないのは判ってる!」
 いわんでくれとばかりに仙蔵に手を突き出す。あまりの勢いに思わず身体を浮かしてしまったが文次郎らしいなと仙蔵は笑顔を漏らした。
「無事で帰るのが一番の土産だと思うぞ」
「いや、そうなんだがな。その、花を見つけて」
「花」
「う、まあ、その見つけてな。見せてやりたいとその」
 言ってから耐え切れなくなったのか文次郎は大声を上げてばりばりと頭を掻いた。髷が歪んで髪がもしゃもしゃになってしまう。何名かこちらを見たが慣れたそぶりで元の作業に戻っていった。
「ああ! 馬鹿か俺は!」
「まあ、大抵の男は馬鹿にもなるさ」
「ああ。もう。駄目だな。かっこよくいたい筈なのにかっこ悪くてたまらない。俺はそれが恥ずかしくてたまらない」
 乱暴に言葉を吐くと片手で顔を抑えた。よくもまあ気心知れた友とは言えこんなにぶっちゃけるもんだと感心して呆れて愛しくなった。
「文次郎。もてる男というものはかっこ悪いもんだ。かっこ付けの男なんかより何百倍もかっこいいからな」
「は?」
「誤魔化して大損をするより公言して好きなものを回りに認めてもらった方が情報が入りやすいし、手に入るかもしれないぞ」
「?」
「頭が悪いな文次郎。例えばだ、饅頭が好き! っと言ってれば誰かがそれを覚えていて、ああ。そういえばアイツは饅頭が好きだったよな。ではこの饅頭を上げようと言う事になるかもしれんし、逆にかっこつけて甘いものなんか喰えるか! と公言していれば、その饅頭はお前に行くのでは無く他の誰かの物になってしまうということだ」
 判ったのか判らないのかとりあえず頷いたので仙蔵は「さて」と声をかけて立ち上がる。
「花は土産話にしとけ。伊作はそんなものより薬草とかサルノコシカケとかのほうが喜ぶぞ」
 懐からサルノコシカケを取り出すとはじくように文次郎に渡した。慌てて両手で受け取ろうとして目測より大分手前だったのでそのままバランスを崩して倒れてしまう。仙蔵が投げる位置を間違えるはずは無く、わざとその位置を狙って文次郎が読み通りに引っかかってくれたので愉快になって大声で笑ってしまった。
 地面で打った鼻をサルノコシカケを握った拳でさすりながら起き上がると、仙蔵がひらひらと手を振って去っていくところだった。
 礼を言いたかったのだが、ありがとうの「あ」の口のまま止まってしまう。
 酷く照れくさかったのとタイミングをどうやら逃してしまったようだ。
 仙蔵はきっと気にしないとは思うが、文次郎の気が収まらない。
 すっくと立ち上がると先ほど伊作に持って帰りたいと語っていた花に近付き、引きちぎるようにその中の一本をつむと仙蔵の後姿に向かって「おい」と声をかけた。
「なんだ?」
 仙蔵が振り向きざまに髪に乱暴に先ほどの花を挿す。
「やる」
 やはり照れくさくて礼はいえなかった。
「馬鹿か」
 仙蔵が笑う。
 だから文次郎もニカリと笑った。

終わり

2009.05.15 | 小説::六年生 | Permalink

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